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間室道子さんおすすめ『夏帆-The Tale of KAHO-』

美容手帖のHABA CULTURE CLUB内で連載中の「間室道子さんおすすめ 今月の1冊」。ここでは、美容手帖内で紹介し切れなかった内容を、さらに掘り下げてじっくり語っていただきます。

『夏帆-The Tale of KAHO-』 村上春樹・著 (新潮社)

主人公・夏帆は二十六歳の絵本作家で、彼女を気にかけてくれている編集者がある日ブラインド・デートをセッティングしてくれました。あらわれた男はハンサムで話も巧み。そしてレストランでの食事が終わりにさしかかった時、彼は信じがたいことを言い放つのです。
 
こうして夏帆は、いつのまにか現実から少しずれた世界に迷い込んでいます。浦和、新小岩といったなじみの町、引っ越し先の武蔵境、父や叔父や編集者のいるふだんと変わらぬ日々。でもそこに、ありくいの夫婦やジャガー、シロアリの女王などが紛れ込んでいる・・・。
 
夏帆は奇妙な体験をもとに新作を描きますが、絵本においては登場人物は「善き者」「悪しき者」かがはっきりしています。でないと子供たちが話の流れについていけなくなる。
 
しかし、大人の社会はそれほど単純ではありません。うっかり、あるいは無意識に悪しきことをしてしまう善人は大勢いるし、善きことをなす悪人もたまにいる。よって元の世界への出口を探す夏帆にとって大事なのは「この人はいい人かしら悪い人かしら」というチャイルディッシュな感情ではない。必要なのは、虚偽と真実を見極めるまなざし――。
 
さらにお話が進むにつれ、気のいいありくいの奥さんも、敵か味方かわからない異様な風貌をした刃物研磨専門店の老人も、彼女に「あなたはあることをしなくてはならない」と告げてきます。ショッキングな、とてもやれそうにない行動――。村上作品の永遠のテーマである「感じることに価値のある痛み」「乗り越えるに値する試練」が本作でも登場。読者は胸をふるわせるでしょう。
 
さらにあのブラインド・デートの男の意外な正体!彼がBMWの1800ccに乗っていると言っていたおかげで、最初不気味な音として出てくるモーターサイクルのどうん、どうん、というエンジン音が、後半では夏帆を鼓舞するものとして聞こえてくるのが読みどころです。善なるものも、悪しきものも、善でも悪でもないものも押し寄せてくる混沌のなか、夏帆はなすべき選択をし、元の世界に戻れるのか。
 
“発売六日で三十万部越え”に“村上作品初の、女性を主人公にした長編”という話題性もあいまって、広く手に取られています。読書の秋に、ぜひ。
 
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