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間室道子さんおすすめ『願わくば海の底で』

美容手帖のHABA CULTURE CLUB内で連載中の「間室道子さんおすすめ 今月の1冊」。ここでは、美容手帖内で紹介し切れなかった内容を、さらに掘り下げてじっくり語っていただきます。

『願わくば海の底で』額賀 澪・著(東京創元社)

舞台は東北の町。高校生の菅原晋也を軸に、高校一年の春、二年の夏、大学入学直前など時期を変えながら本書は章立てられています。でも彼は主人公ではない。語り手は別におり、各話で皆が菅原を前にそわそわするのが読みどころ。というのも、彼独特の透明感が鏡となり、少年を前にした人は自身と対峙することになるからです。おすすめは第三話の「黄色い花の下で 菅原晋也、高校三年の秋」。

男性美術教師の早坂先生は日々、菅原に嫉妬を募らせています。絵で生きて行くことを夢見、東京の美大に行きたいと熱弁を振るい、高速バスで一時間半かけて専門の予備校に通っていた高校時代の自分。だけど鼻はすぐにへし折られた。受講生の中にいた、ありえないデッサン力を持ったあいつ、モノクロで自然光の煌めきを眩しいほどに表現していた別なあいつ、講師に絶賛されていたさらに別なあいつ――。菅原を見ていると彼らを思い出すのです。

中学の時はバレー部だったというから絵筆を握ったのは高校の美術部入部以降のはず。なのに菅原は全国コンクールで成果を二度出し、三年生のこの夏には社会人も混じる大規模な絵画展で入賞を果たした。そして十月を迎えた今は、全校で唯一の美大受験者として、来春の入試で提出する大きな新作を描いている――。ひとりきりの夕暮れの美術室でその描きかけの絵を前に、先生の心によからぬ思いがこみあげます。そして…。

読み手も先生自身も気づくのです。予備校のあいつたちや飄々と絵に向かう少年に悔しい気持ちを抱いているのではなく、早坂はかつての早坂を悔やんでいるのだ、と。彼が才能あふれる教え子以上に過去の自分とどう折り合いをつけるか、うなる展開が待っています。

ほかに、鏡と化した菅原を前に、親友の秘密を受け止める者あり、ある恐怖症と向き合う者あり、彼への気持ちを再認識する者あり、一編一編読み味が深いです。そして帯のコメントや表紙見返しのあらすじに触れずに読んでいただければ、やがて「ああ、この本はあの話なのか」という驚きと哀切が、誰の胸にも押し寄せるでしょう。本の宣伝として大々的に銘打ってないからこそ、静かな思いがこみ上げてくる。そんな連作短編集です。
 
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